2010年05月09日

デパートから広まった日本の文化


デパートから広まった日本の文化

ひらめきデパ地下ブームなど、さまざまな流行を生み出すデパート。
100円ショップも、大正15年大阪の高島屋「10銭ストア」が始まり。

当時の10銭は、現在のおよそ200円exclamationで、全国に106店舗作られた。

ひらめきモダンな西洋文化が流行していた大正12年、洋食の普及によって、デパートの中で特に賑わっていたのがレストラン。

その頃、東京日本橋の百貨店「白木屋」のレストランが、お客の流れを良くするために取り入れたのが「食券」と「食品サンプル」

そこから、全国へと広まった。
posted by ジャパン at 09:35| 日本の伝統文化・行事

2010年03月30日

裁縫


ひらめき裁縫で最初に習うのが、雑巾やエプロンなどの「並み縫い」
布のほつれなどを防ぐ時が「かがり縫い」

縫い終わりに行う作業を「玉留め」
「玉結び」と勘違いされがちだが、玉結びとは、縫い始める前に糸が布から抜けないようにするための作業。

ひらめき 「七夕」とは、もともと裁縫の上達を願う行事。
彦星と織姫の伝説で、織姫がその名の通り機織り(はたおり)の名手だったことに由来している。

東北地方では現在でも、糸に見立てた「そうめん」を食べて、裁縫の上達を祈願する風習が残っている。
posted by ジャパン at 18:01| 学校・子供

2010年02月25日

ウグイス

ひらめきウグイスの鳴き声「ホーホ ケキョ」

さえずりといい、春の繁殖期にオスがメスに求愛するための、オスだけの美しい鳴き声。

「チャッチャッチャッ」もウグイスの鳴き声で「地鳴き」といい、一年を通して発する鳴き声。


ひらめき晴れた日に空高く飛ぶことから名がついた野鳥「ヒバリ」
「日・晴れ」が転じてヒバリ。
posted by ジャパン at 18:14| 生き物の教養

2010年02月17日

お弁当


ひらめき お弁当箱のご飯を偏りにくくするには、下に海苔を敷いて、その上にご飯を入れる。

海苔にご飯が吸着すると水分を吸収し、米粒同士の間隔が保たれて偏らない。

ひらめき 花形ゆで卵を作りたいときは、糸を使うと簡単。

@ 糸を20pぐらいに切る
A つまようじのくぼみの部分に糸を結ぶ
B 結びつけた方をゆで卵の真ん中まで刺す
C 糸をジグザグに動かしながら回転させていく
posted by ジャパン at 17:24| おばあちゃんの知恵袋

2010年02月14日

一巻の終わり



ひらめき物事の結末がついてしまい取り返しのつかない状態になる「一巻の終わり」
「一巻の終わり」が一般的に使われるようになったルーツは、映画館(明治時代〜)

かつて無声映画にセリフをつけていた弁士が使っていた言葉。
映画のフィルムは一巻・二巻と数えることから、彼らは最後に決まり文句の「映画一巻の終わり」と言っていた。

ひらめき一つの場所に集まる「一堂に会す」
「堂」とは、神様や仏様を祀る建物。
お堂にはたくさんの人が集まる様子から生まれた言葉。

同じ考えが繰り返し、少しも前に進まないことを「堂々めぐり」
これもお堂から生まれた言葉。
願い事を叶えるため、お堂をグルグル回る儀式を堂々めぐりと言い、同じ場所を回るだけで前に進んでいないように見えることから。
posted by ジャパン at 11:49| 言葉の由来・語源

2009年11月30日

湧き水のエコ活用

滋賀県高島市
湧き水を家庭で利用する方法、日本古来のシステム「かばた(川端)」

「かばた」とは、
川の近くに住む家が、生活用水をきれいなまま川に戻す方法。

地下から湧き出る水を、内側と外側に分けて使い、内側は飲み水に、外側は洗い場に。

洗い場で出たゴミを川に流さない工夫とは「魚に食べさせる(飼っている鯉が食べる)」
生活用水はきれいなまま川に、そして琵琶湖へと流れていく。

水の温度は、冬は暖かく、夏は冷たく気持ちが良い。

弥生時代から約2000年、受け継がれている方法。

高島市では、今でも100軒以上の家で「かばた」を使っている。
posted by ジャパン at 18:34| ふるさと自慢

2009年11月26日

うなぎ、かばやき

ひらめき青森県八戸市に伝わる「いちご煮」
イチゴを煮たものではなく、ウニ・アワビを海水で煮込んだもの。
ウニが朝霧の中のイチゴに似ていることがその名の由来。

ひらめき愛知県名古屋市の「ひつまぶし」

スーパーの冷蔵ウナギにひと手間かけるだけで料亭の味に近づける方法。
@ かば焼きをぬるま湯で洗い流す
 (余分な脂を取り除き、臭みを和らげる)
A レンジではなくフライパンで、蒸し焼きにする(水分補給)
  かば焼き一切れに対して水大さじ1杯。
B 炭火焼の香ばしさを出すために、スティックシュガー1本分をウナギに振りかける
  砂糖をタレと一緒に煮込むことによって焦げ目を作り、香ばしさが出る。
  タレにポン酢を加えると臭みが和らぐ。

フワフワのかば焼きが完成exclamation×2
posted by ジャパン at 18:20| 食の教養

2009年11月16日

盲導犬

誰にでも住みよい社会を作るために、私達の暮らしは徐々に進歩している。

初心者運転者を表す「若葉マーク」
高齢者運転者を表す「もみじマーク」
聴覚に障害のある人が運転者であることを表す「蝶々マーク」

目の不自由な人の手助けとなる「盲導犬」
今から50年ほど前までは、日本で訓練された盲導犬は一匹もいなかった

日本初の盲導犬は、昭和32年、チャンピィという名のシェパード(シェパード犬は気が荒い)
訓練士は塩屋賢一さん。

当時の日本には、盲導犬育成のノウハウがなかったが、塩屋さんは、朝起きて寝るまでの間ず〜っと目隠しの生活をしながら、チャンピィを訓練し続けた。

やがて、様々な苦難を乗り越え、お互いの心と心が通じ合い、チャンピィは日本第一号の盲導犬となり、目の不自由な方達の希望の灯りとなった。
posted by ジャパン at 17:41| 暮らしの教養

2009年10月12日

横浜


開港150年を迎えた港町横浜(1859年開港)

横浜には「日本第一号」がたくさんある。

クリーニング店が横浜で開業
 最初は横浜で暮らす外国人向けだった。

日本のテニスは横浜から始まる。
 当時はドレスを着てテニスをしていた。

・明治5年、ビール製造所が開業。
 「天沼ビアザケ」として売り出され、現在のキリンビールになった。

・明治2年「アイスクリーム」が横浜で生まれた。
 当時の名前は「あいすくりん」
 当時のアイスクリームの作り方
 @ 氷に塩を入れて−10℃に冷やした缶の中に、卵黄・牛乳・砂糖を入れる
 A 缶をクルクル回しながら冷やす
 B 20分後出来上がり

東京の土地の価格が、現在の価格で1坪150円〜250円という時代に、現在の価格で8000円になるとても高価な食べ物だったexclamation×2
 
posted by ジャパン at 11:41| ふるさと自慢

2009年10月11日

子供たちに残したい自然・干潟

潮の満ち引きの差(干満差)が、日本一大きい場所は佐賀県有明海exclamation
干満の差、最大6m。
潮が引くと、東京ドーム4個分188kuの砂地が姿を現す。

海岸で潮が引いたときに姿を現す浅瀬を「干潟(ひがた)」

千葉県習志野市の「谷津(やず)干潟」
34年前の谷津干潟は、悪臭漂うゴミ捨て場だった。

埋め立て予定地だったため、様々なゴミが勝手放題捨てられていた。
そんな干潟の危機を知り、立ち上がったのが「森田三郎さん」(当時29歳)

「子どものころに遊んだ故郷の海を取り戻したい」と、
1974年、一人でごみ拾いを決意。

周囲の人たちは変人扱いし、ゴミを捨てる人はあとを絶たない。

それでも彼は、ゴミを拾い続けた(母親に泣いて反対されながら)

ゴミを拾い始めて4年が経った頃、徐々に干潟に生き物が戻ってきた。
その頃から、ゴミを拾う人の輪が広がり、休日には子供達の笑顔あふれる谷津干潟に。

森田さんの夢がついに叶った。

「子どもたちが身体全体で感じる自然を残したい」

森田さんは今でも、仲間たちとゴミを拾い続けている。
posted by ジャパン at 16:28| 学校・子供